車いすバスケットボール選手×
バスケットボール選手 対談

対談の様子の写真
リオデジャネイロ2016大会(以下、「リオ2016大会」という。)での白熱したプレーが注目された車いすバスケットボールとバスケットボール。今回は、リオデジャネイロ2016パラリンピック男子車いすバスケットボール日本代表・土子大輔選手と、元バスケットボール女子日本代表・中川聴乃さんが対談。競技の魅力だけでなく、困難にぶつかった時の乗り越え方や目標の叶え方、さらに障害者への理解についての考え方も語っていただきました。また、土子選手の指導で、中学生が車いすバスケットボールを体験。実際にプレーすることで、車いすバスケットボールの面白さと難しさを感じる貴重な機会になりました。
土子 大輔(つちこ だいすけ) 選手
男子車いすバスケットボール日本代表
土子大輔選手のプロフィール写真
1980年8月14日生まれ、千葉県出身。リオデジャネイロ2016パラリンピック代表選手であり、車いすバスケットボール名門の千葉ホークスのキャプテン。
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中学2年生からバスケットボールをプレーしてきたが、26歳の時にオートバイの事故で右足を失い、車いすバスケットボールに転向。転向後、2009年に日本代表に選ばれ世界選手権に出場。以後、8年連続で代表入りし、日本を代表する点取り屋として活躍。
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中川 聴乃(なかがわ あきの)さん
元バスケットボール女子日本代表
中川聴乃さんのプロフィール写真
1987年4月26日生まれ、長崎県出身。2002年中学2年生の時にU-15(15歳以下)日本代表に選出され、その後も高校1年生の時にU-18(18歳以下)、3年生の時にはU-20(20歳以下)日本代表としてアジア選手権3位入賞をはたす。
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さらに2006年にはU-21(21歳以下)日本代表としてアジア競技大会3位、2007年には日本代表としてアジア選手権3位に。2015年に現役引退。
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東京2020大会への手応えをつかんだ、リオ2016大会

土子大輔選手の対談写真
  • 土子:リオ2016大会では、1万5千人の観客の前でプレーしました。これほどたくさんの人が見ているなかで試合をするのは初めてだったので、実は最初、かなり緊張してしまいました(笑)。緊張しても集中できるように、日々練習していたのですぐに慣れましたが。個人的な目標は「母にメダルをかけること」でしたが、結果は9位。悔しかったです。
  • 中川:男子車いすバスケットボールは、大会前から注目されていましたよね。一方で女子バスケットボールは、そこまで期待されていなかった印象です。わたしも、自分自身が世界のチームと戦った経験から「世界の壁は厚いだろう」と思っていました。ところが、試合前の選手たちの顔つきがそれまでとは全く違っていて。メダルを狙っているように見えました。結果、決勝トーナメントに進出したのは感動的でしたね!2020年に向けて得たものもあったと思います。
  • 土子:僕は初めて「世界の壁の厚さ」を感じました。だけど「高さとパワー不足」というチームの課題も見えたし、次につながる大会になったと思います。

子供の頃から「負けずぎらい」。それが上達のポイント

中川聴乃さんの対談写真
  • 中川:土子選手は、小さい頃はどんな子供でしたか?わたしは小学4年生でバスケットボールを始める前は、そろばんや書道、バレエに水泳と、色々な習い事をしていて、どれも「ナンバーワン」を目指して頑張っていました。「大会で1番になって賞品をもらおう!」とか(笑)。
  • 中川:土子選手は、小さい頃はどんな子供でしたか?わたしは小学4年生でバスケットボールを始める前は、そろばんや書道、バレエに水泳と、色々な習い事をしていて、どれも「ナンバーワン」を目指して頑張っていました。「大会で1番になって賞品をもらおう!」とか(笑)。
  • 土子:目標が高いですね!僕も水泳を習っていましたが、「泳げるようになってほしい」という母の願いから始めたので、泳げるようになったらやめちゃいました(笑)。一人で記録を伸ばすことに興味がないみたいです。バスケットボールは、中学2年生から始めて、交通事故にあう26歳までずっとやっていたし、今でも車いすバスケットを続けているくらいだから好きなんでしょうね。
  • 中川:わたしは小学生からバスケットボールを始めて、中学、高校は、県大会や全国大会に出るような強いチームに所属していました。上手な人ばかりで、わたしは最初、下手なほうでした。でも負けずぎらいだったし、自信がないからこそ、先生や周りのアドバイスを素直に聞いたので、着々と上達できたんです。今思えば、自信がないことは、周りの意見を吸収しようとするので、良いことなのかもしれませんね。
  • 土子:僕は小学生の頃は野球をやっていました。でも中学生の時、漫画『スラムダンク』が大人気でバスケットボールに興味をもったんです。入部してすぐに、ドリブルも満足にできない状態で試合に出て、数分で5ファウルして退場したのを覚えています(笑)。それからは「シュートの時にファウルをもらってフリースローで確実に点を取ろう」とか、いろいろな作戦を立ててプレーするようになりました。僕も負けずぎらいでしたね。

車いすバスケットボールは「障害を理解すること」と
「コミュニケーション」が大事

車いすバスケットボールの試技の様子の写真
  • 中川:今回初めて車いすバスケットボールをやりましたが、車いすだと下半身が使えないので、なかなかゴールにボールが届きませんね。
  • 土子:はい。肩や腕が、試合後半になると、ものすごく疲れるんですよ。そんな状態でも3ポイントシュートを打ったりしますし、普段からきついトレーニングを頑張っています。
車いすバスケットボール用の車いすの写真
  • 中川:車輪を素手でつかんで車いすを止めるのもこわいです!痛いし、摩さつで手のひらが熱くなるし、車輪に手がまきこまれそうだし…。つかむのに勇気がいりました。
  • 土子:僕も始めたころは手のひらの皮がむけたり、血豆の下に血豆ができたりしていましたね。今は、ずいぶん皮が厚くなったので大丈夫です。
  • 中川:車いすバスケットボールとバスケットボールの違いはありますか?
  • 土子:基本ルールやコートの広さ、ボールの大きさなど共通点はたくさんありますが、一番の違いは「持ち点制」ですね。障害の程度が一番重い人は1.0点、軽い人は4.5点というように選手一人一人に点数が付いていて、試合に出る5人の合計が14点以下にならなければいけないんです。
  • 中川:障害の程度によっては、おなかや背中に力が入らない選手もいるんですよね? それでプレーするのは大変だと思います。
  • 土子:試合を見ていると、「なんでここでシュート打たないの?」と、疑問に感じることがあると思うんですが、障害の程度によっては、できないプレーも多い。なので車いすバスケットボールはチームメイトや相手チーム選手の障害を、よく理解したうえで作戦を立てています。チームメイトとは練習以外の時間もコミュニケーションをとって、「できること」と「できないこと」など、その人の特徴を知る努力をしたりもします。
  • 中川:車いすバスケットボールは、選手の障害やプレースタイルを知ることで、試合をより楽しめそうですね。チームメイトや相手チームの特徴を知ってプレーに生かすことはバスケットボールも同じですが、車いすバスケットボールの選手のように、より連携を意識してコミュニケーションをとることは、バスケットボール選手にも必要かもしれませんね。
車いすバスケットボールのルール
1チームの人数、コートの広さ、ゴールの高さなどはバスケットボールと同じだが、車いすバスケットボールはダブルドリブルがないなど、ルールの一部が異なっている。障害の程度によって各選手に「持ち点」があり(1.0〜4.5点)、障害の程度が軽いほど点数が高く、重いほど点数が低い。コート上の5人の合計点が14点以下になるようにチームを組まなければならない。

どんなに苦しくても、いつか光が見えてくる

土子大輔選手の対談写真
  • 土子:僕は交通事故にあってから1ヶ月間、意識がなかったんです。やっと意識が戻って初めて見た母の顔が、すごく疲れていて。苦労させたんだなって思いました。だから「早く元気になって安心させたい。どうせなら、パラリンピックを目指そう」と決意して、退院後に「車いすバスケットボールが上手くなりたいなら、上手い人がいるチームに入ろう」と思い、当時リーグ3連覇中の『千葉ホークス』に入団しました。自分から良い環境を見つけて行くことが大切だと思ったからです。 実は千葉ホークスは、やる気があれば誰でも入団できるチームなんですよ。でも最初の3ヶ月はコートに入れず、ずっと車いすでの坂道ダッシュ。それでやめていく人もいたけど、僕は「これが終われば練習できる」と思って続けました。人ってその環境に居続けると、慣れるもんだなって思います。
中川聴乃さんの対談写真
  • 中川:わたしは現役時代、ケガ続きで落ち込むことが多かったんです。土子選手は足を切断して、今までと生活ががらりと変わってしまったのに、「またバスケットボールをやろう」と思えたことが、すごいですよね。
  • 中川:わたしは現役時代、ケガ続きで落ち込むことが多かったんです。土子選手は足を切断して、今までと生活ががらりと変わってしまったのに、「またバスケットボールをやろう」と思えたことが、すごいですよね。
  • 土子:僕にとって車いすバスケットボールは新しいことへのチャレンジ、新しいステージに進むことでした。入院している時、初めは、手も足も動かない、自分でご飯も食べられない、呼吸すらできない、ただただ天井を見ていることしかできなくて、落ち込んでいました。でも、少しずつ動かせる部分やできることが増えていって「ちゃんと回復している。前進している」と思えたんです。だから車いすバスケットボールという新しいステージへ進むことも前向きにとらえられました。
  • 中川:わたしも困難にぶつかったことが、良い経験になったと思っています。「底」を見るほど悩めば、あとは上がるだけです。時間とともに、絶対に光が見えてくる。そんな時は、目の前のことをやり続ければ、必ず良いほうに向かうんですよね。だから、悩みがある時は悩んだらいいと思います。悩んだ時は遠い先のことではなく、少しだけ先のことを考えるようにすることも大切だと経験しました。今より少しだけ良くなるためには、少しだけ頑張ればいい。その積み重ねで「一歩ずつ前に進んでいるな」と思えますから。
  • 土子:困難にぶつかった時は、自分自身で「崖っぷちな状況をつくる」ことも大切だと思います。例えば、「パラリンピックの選手になる!」みたいに目標を立てたら、みんなにそれを宣言したりして、逃げられない状況を作ったりする。もし目標が達成できなくても、笑い話にすればいいんです。

障害を知ることはキャラクターを知ることと同じ

対談の様子の写真
  • 土子:障害は乗り越えようがありません。僕も障害を乗り越えたわけではなくて、今も抱えながら生きている。でも、義足があれば不自由もないし、僕にとって義足をつけることは、朝、視力の弱い人がコンタクトレンズをつけるのと同じ感覚。だから、障害に「慣れた」という言い方がぴったりなんです。「障害がある人をどうサポートしたらいい?」と聞かれることがありますが、気を使うよりもまずは、その人と一緒にいる時間をたくさん作って、慣れることが大切だと思います。
  • 中川:普段、人と「仲良くしたい」と思ったときと同じように、一緒にいる時間を作って、相手の性格や個性を知ろうとすればいいんですね。
  • 土子:障害について知ることは、その人のキャラクターを知ることと同じです。一緒にいれば自然と、障害があることがどういうことなのか、その人が何をしてほしくて、何をしてほしくないかが分かるはずです。
  • 中川:なるほど。障害があってもなくても、同じように接していけばいいのですね。スポーツも同じではないでしょうか?実はわたしは、オリンピックとパラリンピックを、分ける必要はないと思っています。競技種目は違いますが同じスポーツなんだから、同じ大会で行えばいいと思います。
  • 土子:最近では、健常者でも車いすバスケットボールを楽しむ動きが広まっているんですよ。
  • 中川:もっと広まってほしいし、広まりそうですよね! 今回は中学生と一緒に車いすバスケットボールを体験しましたが、みんな楽しんでいましたもん。バスケットボールとはまた違う激しさや、スピード感もあって。

子どもたちに伝えたい、「目標をもつ」ことの大切さ

対談の様子の写真
  • 土子:実は僕、リオ2016大会で引退するつもりだったんです。でも「母にメダルをかける」という目標を果たせなかったので、東京2020大会でリベンジしたいですね。また、リオ2016大会に出場して初めて「こんなに応援してくれる人がいたんだ」ということに気づいたんです。東京2020大会の時には、僕は40歳。代表選手になるにはきびしい年齢ですが、支えてくれる人たちへの恩返しのためにも頑張りたいですね。
  • 中川:わたしの目標は「東京2020大会に行く」です!選手としてではなく、テレビなどに出演して、バスケットボールの魅力を多くの人たちに知ってもらう役目を果たしたいと思っています。子どもたちにも伝えたいのですが、こうして目標をもつことは大事ですよね。目標を定めれば、何をやるべきかが決まっていくので。時間が経って、目標が変わったっていいんですから。実はわたし、これまでに立てた目標は全部かなえてきました。「日本代表になりたい」「日本一になりたい」とか。「オリンピックに行く」という目標は立てたことがなかったので、選手の時には行けませんでしたが(笑)。
  • 土子:目標をもつ時は、「作戦を立てる」ことも大事ですよね。「彼女がほしいと思ったら作戦を立てろ」って恋愛相談をされた時には言っています(笑)。作戦の実行中は苦しいことも多いけれど、「お母さんを喜ばせたい」みたいに誰かのために頑張ろうと思ったり、「あの時できなかったから今度こそは」みたいに悔しさをバネにしたりすれば、苦しい時も力がわいてきますよ!
土子選手がコーチに。中学生が車いすバスケットボールを体験!
北区立稲付中学校バスケットボール部と土子選手との集合写真
北区立稲付中学校バスケットボール部に所属している生徒が、土子選手から車いすの乗り方やシュートを打つポイントなどを教えてもらい、車いすバスケットボールを体験しました。体験した中学生からは、「車いすを乗りこなすのは難しいけど楽しい」「初めはシュートが届かなかったけど、練習したら慣れてきた」「座った状態でスリーポイントシュートを打てるってすごい」「また車いすバスケットボールをプレーしたい」などの感想が寄せられました。
車いすバスケットボールの試技の様子の写真
東京都北区役所のイメージ写真

©東京都北区役所

北区赤羽体育館
平成29年1月29日にオープン。メインアリーナやサブアリーナ、弓道場、トレーニングルーム、エクササイズスタジオ、多目的ルーム、屋内ランニングコース、幼児体育室など様々な施設がある。
■所在地: 〒115-0042 東京都北区志茂3−46−16

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