アジア|カンボジア王国

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  • 国名
    カンボジア王国 / Cambodia
    首都
    プノンペン
    国旗 世界地図
  • 地図
注釈)各ランキングは、参照元データを集計し、独自に算出したものであり、元となるデータの違いにより、国、その他企業・団体などが行ったランキングや調査と内容が異なる場合があります。
  • イメージ写真 アンコールワット
  • イメージ写真 トンレサップ湖の水上生活
  • イメージ写真 プノンペンの王宮

その他の情報

民族 人口の90%がカンボジア人(クメール人)とされている。
言語 カンボジア語
宗教 仏教(一部少数民族はイスラム教)
識字率 データなし
政体 立憲君主制
議会 二院制 上院 (全61議席、任期6年、サイ・チュム議長) 国民議会(下院) (全123議席、任期5年、ヘン・サムリン議長(人民党名誉党首))
主要産業 農業(GDPの30.5%)、工業(GDPの27.1%)、サービス業(GDPの42.4%)(2014年、ADB資料)
通貨 リエル(1米ドル=4,006リエル、2016年3月末時点。中央銀行資料)
略史
9〜13世紀 / 現在のアンコール遺跡地方を拠点にインドシナ半島の大部分を支配。
14世紀以降 / タイさらにベトナムの攻撃により衰退。
1884年 / フランス保護領「カンボジア王国」。
1953年 / カンボジア王国としてフランスから独立。
1970年 / ロン・ノルら反中親米派、クーデターによりシハヌーク政権打倒。王制を廃しクメール共和制に移行。
親中共産勢力クメール・ルージュ(KR)との間で内戦。
1975年 / KRが内戦に勝利し、民主カンボジア(ポル・ポト)政権を樹立。同政権下で大量の自国民虐殺。
1979年 / ベトナム軍進攻でKR敗走、親ベトナムの「カンプチア人民共和国」(プノンペン(ヘン・サムリン)政権)擁立。
以降、プノンペン政権とタイ国境地帯拠点の民主カンボジア三派連合(KRの民主カンボジアに王党(シハヌーク)派・共和(ソン・サン)派が合体)の内戦。
1991年 / パリ和平協定。
1992年 / 国連カンボジア暫定機構(UNTAC)活動開始(1992〜93年、日本初の国連PKO参加。)
1993年 / UNTAC監視下で制憲議会選挙、王党派フンシンペック党勝利。新憲法で王制復活。ラナリット第一首相(フンシンペック党)、フン・セン第二首相(人民党:旧プノンペン政権)の2人首相制連立政権。
1997年 / 首都プノンペンで両首相陣営武力衝突。ラナリット第一首相失脚。
1998年 / 第二回国民議会選挙。第一次フン・セン首班連立政権。
1999年 / 上院新設(二院制へ移行)。ASEAN加盟。
2003年 / 第三回国民議会選挙。
2004年 / 第二次フン・セン首班連立政権発足。
シハヌーク国王引退、シハモニ新国王即位。WTO加盟。ASEM参加決定。
2006年 / 上院議員選挙
2008年 / 第四回国民議会選挙。第三次フン・セン首班連立政権発足。
2012年 / 第二回上院選挙。ASEAN議長国。(二回目)
2013年 / 第五回国民議会選挙。フン・セン首相首班政権発足。
出典:外務省ホームページ(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/

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